感情から、ひもとく

元保健室の先生。これを愚痴で終わらせるわけには・・という執念の日々のブログ。

この世は2つの世界でできているらしい

*目次*

 

この世は2つの世界でできている。

1つは自分でコントロールできる世界

もう一つは自分ではコントロールできない世界だ。

 

これ、脳科学者の茂木健一郎さんが講演会で言っていて

うおー!!と電流が走ったんです。

 

私、自分の力でどうにもならない世界(他人の世界)

で頑張っていたなって。

 

この反省から、日々の行いを改めるわけですが

子供を産んでから、

この2つの世界の区別が

まだまだ全然できていなかったことを痛いほど思い知ったわけです。

 

悩みを解決する方法

悩みの多くは、「これは誰の問題か?」を整理することで、

多少落ち着くことができるかもしれません。

 

自分の力では本来どうにもならないことを、

どうにかしようとして、

(当然)どうにもならなくて、

あー!もうなんなのよっ!!って感情的になって

もう私はダメだわ(あいつのせいだ)

 

と怒りの炎を燃やす。

その前に、課題の分離です。

 

課題の分離

自分ができること(自分の課題)と

できないこと(他人の課題)

を分けて考えることを

アドラー心理学では「課題の分離」といいます。

 

例えば私が、中学生の子どもが

勉強をしないということを心配していたとします。

なぜ心配するのか。

 

それは親だからです。

勉強しないとどうなるか、想像力をあれこれ働かせて

「このままではダメー!!その未来、私が阻止せねば!!!」

と立ち上がりたくなります。

 

子どもが勉強しないというのは

母親である私にとっても問題ではあります。

だって、親子だもの。

 

でも、ここはまず「子どもの問題だ」と一回、自分から切り離します。

 

そして、まず、私は嘆きます。

「勉強できなくても生きていけると言われても、

やっぱり私は勉強をして欲しかったわ。

勉強しなかったことを後になって後悔するかもしれない。

手遅れだと感じたり、

それでチャンスが減るようなことがあったらかわいそう。

これからはエリートよりもオタクの時代と言われるけど、

それでもやっぱり勉強ができる方が、安心なのに。

もーーー私を安心させてーーーーー!!!」

 

ばーっと出てくる、ここを、無視しない。

 

恐れを感じるのは当たり前

子どもに苦労させてくない、幸せになってほしいと、

願っているからこそ感じる恐れがあります。

 

これは子どもの問題、

じゃあ自分には何もできないのか。

 

そうではないですよね。

自分は自分でコントロールできる世界で頑張ればいい。

というか、そうするしかない。

そこで精一杯頑張ったことは、きっと、

大なり小なり成果も感じることができる。

 

子どもが熱中していることがあって勉強をしないのだったら、

自分の中の恐れと向き合ってみるのがいいかもしれない。

恐れの正体がわかったら

息子の可能性を信じることができるかもしれない。

その上で、伝えたい言葉が湧いてくるかもしれない。

 

子どもが無気力で、勉強から逃げているのなら

勉強をすることがどんなに豊かなことなのか、楽しいことなのか

伝える、分かち合う時間を親子で作っていこうと思うかもしれない。

結果勉強しなかったとしても、

その親子の時間があってよかった、と思うかもしれない。

 

それが、自分で創っていける世界。

 

自分で創っていける世界

力ずくで勉強させることもできるかもしれない。

脅したり、命令したり、

泣きながら、「お母さんを困らせないで。言うことを聞いて!」

と訴えることもできるかもしれません。

そこまですれば、ある程度子どもは勉強はするかもしれない。

 

でもその姿は、自分が望んでいたものなのかな。

何かをコントロールすると

何か大きな代償を払うことになるかもしれない。

 

そして、子どもはある時言うかもしれない。

 

「お母さん、ずっと俺の世界で生きているけど。

お母さんの世界はそちらにありますけど」

 

他人の世界で頑張らない

悩んではいけないわけじゃくて。

「諦める」には「明らかにする」という意味があるそうです。

 

他人に対する苛立ちって

「どうにかなりそうで、どうにもならなかったこと」が多くないですか?

 

他人の世界で頑張らない。

自分の力ではどうにもならないことだなって明らかにして

一度手放せたら

自分の世界を、もっと身軽に楽しむことができるのかなあ。

 

私も毎日手放せないことだらけですが、

精一杯、自分の世界を楽しみます。