感情から、ひもとく

元保健室の先生。これを愚痴で終わらせるわけには・・という執念の日々のブログ。

約束されたはずの幸福を噛みしめることができない、それはクッキー。

イライラする人、冷えに悩んでいませんか?

そして砂糖と小麦が体を冷やすということをご存知だろうか。

私は身をもってこの事実を確認した。

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ある日、私は夫を引き連れ、ベビーカーを押し、渋谷にいた。

メガネの「おばさん」が、エプロンをしてクッキーを持っている

この看板を見た時、私の5分後の幸福は約束されたと思った。

クッキー食べ放題60分 880円。

 

クッキーというものは、もうちょっと食べたいのにな〜
という上品な量が、綺麗な袋や箱に詰まってる。

私はいつか気の済むまま、腹いっぱい食べてみたいと思っていた。

 

そしてこの頃の自分は、母乳育児ノイローゼに加え、
むしゃくしゃすると暴食に走るという
独身時代からの傾向が残っていた。

 

「30枚くらい食べられるかな~♪」

 

あまり甘いものを食べない夫を付き合わせ
鬱憤を晴らしに店に来ていた。

 

出産を機に砂糖をとるのをやめ、食事に気を使うようになった。

食事に気を使っているのに、おっぱいが毎日数回詰まった。

それが辛くて、投げやりになっていた。

(あとでわかったのが、お米が原因で詰まっていたんだけど。
そりゃ詰まるよね。お米を毎食、食べてたもの。)

 

店内に入り、紅茶を注文し、渡されたトングと小さなカゴを持って

薄笑いを浮かべ店内を物色する。

小さなカゴにクッキー6枚がおさまり席についた。

 

美味しい~!

久しぶりに食べたお菓子は、美味しかった。

 

しかしだんだん「あれ?」という感覚が。

お腹は空いてるのに、食べらえない。

 

もう無理だと思った。

 

そんなのおかしいじゃないか。

 

(私の胃の中は紅茶の上に粉々になったクッキー6枚が浮いてるだけだぞ。)

 

脳が「これ以上食べるな、絶対食べるな!」ってストップをかけてくる。

 

(これはエラーメッセージか?)

 

ここのクッキーは1枚80円くらいなので、現在480円。

渋谷までの電車代640円。

 

赤字だ!

 

震える手で小さなカゴを持ち

「だ、第二ラウンド行ってくる」と席を立つが

本当にどれももう食べれる気がしない。

 

なんとか2、3枚選んで席に戻るが、寒くて震えが止まらない。

夫も「寒い寒い」と言って小さくなっている。

 

暖房の効いた部屋で2人でコートを着て寒さに耐えるが、

もう体の芯がキンキンに冷えているようでどうにもならない。

全身の毛穴から冷たい風が抜けていく。

 

寒い、眠い、顎が疲れた、喉渇いた、寒い、眠い、寒い。

テーブルに伏した。

 

(死ぬんじゃないか?)

 

だめだ、とにかく温まろう。

紅茶お代わりしよう。

え?別料金?

嘘でしょう。

どうする?

うん、ここで死ぬわけにはいかないよね。

うん、そうだよね、頼もう。

 

結論:クッキーはね、お腹いっぱい食べるものではない。

 

 

約束された幸福を目指して渋谷まで来たのに。

一時の天国から、あっという間に生きる気力までも奪われた(大げさ)

 

これは私たちが一度、砂糖と距離をとって
生活してたからこその反応だったのかもしれないし、

そうじゃないかもしれないし、わからない。

イライラするのがもう嫌で、止むを得ず砂糖を絶ったが
お菓子に対する未練は残っていた。

でもこの極寒体験をして、なんか諦めがついた。(諦め?)

 

確かに美味しいのだ。

でも食べるとガツンと脳に直撃してくるような
パワフルな砂糖はもういらない。

その甘さは魅力的ではある。

でももう私には必要ないのだ。

 

むしゃくしゃして、暴食に走っても

いつも「私が欲しいのはコレジャナイ感」が虚しかったのだ。
そしてすごくイライラするのだ。

だから、やめたのだ。

 

体も心も温まる食事をとろう。

それがわたしのご馳走なのだ。

 

という、まとめが出たので、この話は終わり。

 

クッキーはいつだって、今だって、

心惹かれる魅惑のお菓子であることは間違いないのよね。

でも嗜む程度、誰かが笑顔になる一枚で十分。

 

今後は暴食したくなっても暴食で解決しないようにしよう

と思った体験でした。