カサンドラな日々

「なぜか周りと噛み合わない」ズレを楽しむ人のブログ

「この子を幸せにする」というリベンジ

*目次*

 

いつの間にかロボットになっていた

かつての私は、いつも頭の中がいっぱい。

「暇だ」「やることがない」と思ったこともなければ、

「忙しいけど、超充実してるー!」という生活とも無縁だった。

 

淡々と、目の前のto do をこなす。

いや、こなせてもない。

 

そんな中、始まった、赤ちゃんとの生活。

毎日やることがいっぱい。休めない。

母としてしっかりせねばならない。

 

毎日すごく忙しいのに、

何もやらずに終わってしまった・・・!という焦燥感。

 

あれ、お母さんになるってこういうことだったのかしら、

こんな生活がずっと続くのかしらと思って泣いた日々。

 

赤ちゃんを連れて歩いていると

「かわいいわね」

「今が一番いい時ね」

(今が一番って、なんなんでしょうね)

 

と言われる。

声をかけてもらえるのはすごく嬉しいけど、

今を生きてもいない自分にとっては毎日が苦しかった。

(今を生きていないという自覚もなかった)

 

子育てでフォーカスされた感情

生きている「今」にいなくて、

先のわからない「未来」を不安に思って、

もう過ぎた「過去」を悔やんで泣く日々。

 

子育てを通して、自分の母との関係を思い出すことが多くなった。

もともとあった感情が、フォーカスされて、

浮き上がって拡大された感じだった。

呪いのような言葉がいつも頭の中にあった。

 

寝ている子供を見ながら、ベビーカーを押しながら

「私はこの子を絶対に幸せにする」と歯を食いしばった。

 

それは今思うと「願い」ではなく

「リベンジ」だった。

 

今は、呪いの言葉は全く出てこないどころか

育ててもらったことを感謝してる。

 

呪いを綴ったノートは、

燃やした方がいいんじゃないか?というくらい危険なものだけど、

大切にとってある。

 

”わたしは傷ついたんだと認めた。”

”大切なものを大切に扱えなかったんだと認めた。”

今の自分に変容する、

その過程で必要な、心の叫びが書いてあるノートだから。

 

 ネックになる「〜せねばならない」

母との関係が良くないと知られると、

「親不孝」とか

「恩を仇で返すな」とか

「仲良くしなければならない」

「感謝しなければならない」

「どこの家庭だって問題はある。あなたは恵まれてる方だ」だとか

 

みんなに好き勝手言われる。

 

でも「感謝」はしようと思ってするものではなく、

自分の中に自然と湧いてくる「気持ち」なのだと思う。

 

それをなんだか知らんが、みんなして

「〜せねばならない」って言ってくる。

 

無理に前を向かなくていいし、無理に笑わなくていい。

無理に何かしようとするのは「思考」だから。

 

親と子の問題について、思っていることがあるなら嘆いたらいい。

感情を出すことをやめず、自分の感情に触れたらいい。

 

「この子を幸せにする」

 

リベンジじゃなくて、願いとして心に思う。

 

「本当の願い」に出会えた人は強いです。

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