感情から、ひもとく

元保健室の先生。これを愚痴で終わらせるわけには・・という執念の日々のブログ。

パジャマで過ごせない理由を真剣に考えてみた

先日の話です。
夫に子供を預けて友達の結婚式に参列。

夕方急いで帰って来て
「お疲れ様、ありがとう」と夫に伝えようと思ったら、

 

・・・夫も子供もパジャマだった。

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以前の私だったら「これだから、私がいないと・・・」と
ため息をつくところですが。

あれ?

なんで私はこのことに、腹がたつのかなって思いました。

 

まず、パジャマで休日を過ごすことにOKが出せない。

休日を何もせず過ごすことにOKを出せない。

 

どうしたらOKが出せるか。

それは簡単で「今日、日曜日の目標はパジャマを着たまま、ダラダラ過ごすことです」と目標をたてればいい。

私はやはり、まだまだ枠の中で生きているところあるな~と思いました。

 

一日の終わりに神様(母親)から「どんな一日でしたか?」と聞かれるようなイメージで生きているんですよね。

 

ちえ「今日は掃除をして、~をして、~さんからありがとうと言われる有意義な一日でした」

神様Great!」

 

みたいな。

だから「パジャマで過ごす」宣言をしたら何もせず過ごしても、「今日は目標通り、ゆっくり休みました」って一日の終わりに堂々と報告できるんですよ。

 

いや、これ書きながら考えたけど、やっぱりこの目標をたてた時点で却下されるかも。

「ダラダラ過ごすことです」

→「ゆっくり体と心を休めることです」くらいにしておかないと、却下だな。

 

なんの話をしとるのって感じですが。
いうまでもなく、妄想なのですが。

でも勝手にこの妄想をしているわけではなく、きっかけや理由があるんだけど。

 

怠けて過ごしているところを見張られてる、誰かに責められる、怒られる、というような罪悪感があります。

もう大人になったんだから、自分にOKを出すだけなんですね。

 

  • 自分は自分の時間を生きている
  • 自分は自分が思っている以上に、もう自由だ
  • 自分が自由になることで、より、みんなが自由になれる

 

OK!!