カサンドラな日々

「なぜか周りと噛み合わない」ズレを楽しむ人のブログ

お母さんを幸せにしようとしていた記憶「土曜の昼下がり編」

子育てがこんなに大変だと思わなかった。

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寝ている時に喉を蹴られると「グェっ」って音が鳴るとか。

親指の爪を、両手で剥がされそうになって、冷や汗かいて目覚めるとか。

 

知らなかった。

 

「痛いっ!!」と大声を出すと、大爆笑する人間がいるなんて。

 

な、なんて、恐ろしいのだろう。

 でもね。子どもはどの子もお母さんを幸せにするために生まれてきているらしい。

 

これ本当だと思いますよ。

 

私もそうだったな。

私はお母さんを幸せにする、私にならできるって、自信満々だった。

 

*目次*

 

 

子どもは親(の期待?)を裏切りたくない

 

私が小学生の頃は、まだ土曜日は午前中だけ学校があって、

給食なしで下校してたんですけど。

 

土曜日のお昼は焼きそばとかラーメンとかの麺メニューが多くて

家に帰るのが楽しみでした。

 

ある日の土曜日、マクドナルドが買ってあって。

(今では安さをウリにしているけど、当時はなかなか買ってもらうことはなかった)

 

お母さんが、きっと、私がすごく喜ぶと思ってね。

チャリ乗って買ってきてくれた光景までも鮮明に目に浮かぶんだけど。

 

とにかくポテトが冷めてシナシナでまずい。

 

「お母さん、ポテトはすぐに食べないとまずいんだよ」と

文句が言えるわけもなく。

 

 

でも「ありがとう!すごく嬉しい!」って喜びすぎると、

またお母さん、買ってきちゃうかもしれないし。

 

「お母さん、忙しいのに、チャリ乗って買ってきてくれたんだ。」

 

「私、ポテトが好きだから。

マックの袋見て喜ぶ私を想像して買ってきてくれたんだ。」←実際袋見てはしゃいだ

 

「お母さんは、お母さんは・・・・私が喜ぶと思って買ってきてくれたんだ・・・」

 

と思いながら涙が出てきました。(どうしよう、今もちょっと泣いちゃう)

 

 

 

「冷めててもね、嬉しいよ、ありがとう、

でもなんだろう、すごく悲しい。

でもね、嬉しいんだ。これも本当だよ。ありがとう。」

 

あの日のハンバーガーとポテトは、こういう複雑な味でしたね。

 

これ、健気っていうんですかね、なんなんですかね。

 

訳のわからない遠慮をしてしまう母との関係

こういう類の遠慮を、お母さんにしたりしませんでしたか?

(でもなぜか、お母さん以外の人の、ありがたいって心から

思えない親切には、嘘でも「ありがとう」って言えない人間。)

 

子どもなりに、いつもお母さんを悲しませまいとしていたな。

私はお母さんを幸せにできていたのだろうか。

使命を感じていたし、自信満々だったけどね。

 まあ、今はそんな罪悪感も綺麗サッパリ捨ててもうたけど。

 

自分の子も、こうやって、私に気を遣ったりするんだろうか。

 それは悲しいな。と思うから、頭のどこかに置いておきます。

お母さんは自分で幸せになって

 子どもはお母さんを幸せにしたいと思って生きている。

そうかもしれないけど

お母さんはお母さん自身の力で

すでに幸せなのよ、という状態であってほしい。

 

人に幸せにしてもらうことはできないから。

自分の手の中にあるものが「幸せ」だと、自分で気づくことだと思うから。

 

「あなたがいるだけで私はもう幸せだよ」って想いが

うちの子どもにちゃんと、通じますように。

 ・・通じますようにって、最後は神頼み。

子育てって難しい。

 

 

▼親以外の他人に対して

ついつい出てしまう「反応」についても書いてます。

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