カサンドラな日々

「なぜか周りと噛み合わない」ズレを楽しむ人のブログ

「正解はない」ってわかっているけど、なんだか圧倒的な「不正解」があるような気がする

お題「わたしの黒歴史」

 

M-1審査員の上沼恵美子に、

お世話になっているはずの若手芸人が物申す(?)

という騒動をぼんやりニュースで見ていて、思い出したことがあった。

 

それはさかのぼること、20年以上前、小学校の卒業のとき。

 

大好きだった5、6年の担任の先生が、

「最後に俺に通知表をかけ」と言って作文用紙を配った。

「とんでもない担任だったからさ、みんな俺に不満があるだろ?正直に書けよ。」

と言った。

 

だから、正直に書いた。

 

そして卒業式の日に、母親は、落ち込んだ担任から、

大まかなメッセージを受け取った。

それがざっくり、こんな感じだ。

 

「毎日ニコニコしてしたけど、本当はなにを考えているかわからないものですね。」

「クラスで厳しいことを書いたのは、ちえだけです。」

「他の子はみんな、ただ感謝の言葉を書いてくれました。」

 

「担任の先生がそう言ってたよ、悲しそうだったよ。」

って話す母親は怒っているようにも、すごくがっかりしているようにも見えた。

 

そして担任同様、母親も「何この子、ちょっと怖い」という顔をしているようにみえて、距離を感じた。

 

え・・・

私はいい子だったのに・・・

ずっといい子にしていたのに・・・

 

私の脳内イメージでは、

ニコニコ笑っているちえの顔にヒビが入って割れました。

再現ドラマで、写真立てが落下して、

笑顔の家族写真が粉々になるアレです。

 

12歳の少女にとって、母親と担任の先生って世界の中心です。

その彼らに見放された感。

別に、忘れていたことだけど、なんか突然鮮明に思い出しました。

 

作文用紙になにを書いたかはもう全然覚えていないんだけど、

とにかく正直に書いちゃったんですよね。

だって、正直に書けって、本人が言ったから。

書いてあげたのに。

 

それで母親が

「あんなに先生に可愛がってもらっていたのに。

こんなひどいことをしたのはちえだけなんだよ」と言われて、

震撼したのを覚えてる。

 

「え?嘘でしょ?小野くんも、なにも書かなかったってこと?」

って聞いたのも覚えてる。(小野くんって誰や)

だって、ただただびっくりして、戸惑いましたもの。

 

小野くんだけじゃないよ、みんな不満あったじゃん、なんで書かないの?

え?もしかして・・・

みんながわかっているルールを

・・・私だけがわかっていなかったの・・・?(がーん)

 

そこで私は自分をこう評価しました。

 

「みんながわかっているルールを、うっかり見逃して、

周りの大切な人たちをギョッとさせてしまう怖い子」

 

これ、学習能力ですよね。

何か問題が起こると、

無意識に「私はルールを見逃したから失敗した」と思っていました。

多くの失敗は防げる。

でもルールがわからなかったり、

自分がうっかり油断すると失敗する(人を傷つける)と。

 

「ここでの答えはなんだろう?」と考えて発言する、行動する。

答えがわからない時は黙る。

 

もう無意識レベルで、それは当たり前になりすぎていた。

 

空気を読むというより

「私は役割を演じている」

 

「正解がある」と思うと、間違いたくないって思う。

「正解はない」ってわかっているけど、

なんだか圧倒的な「不正解」があるような気がする。

 

だから決めたんです。

正解と不正解はないって決めた。
自分の感情をいつでもキャッチするって決めた。

 

上沼さん事件で、なぜ自分を重ねてしまったのか、

もはや謎だと思う人もいると思いますが。

いやー、古傷がちょっとザワザワしてしまった。

 

「物申す」って、受け取る側にとっては暴力になるから。

「自分が世話をしていた」と思っていた人から投げられる不満ってきついから。

 

何かを伝えたい時、

そこに「意図があるのか」という自分自身の確認、

そして結果は手放す(相手がどう受け取るかは相手に任せる)

という覚悟が大事なんだと思いました。

 

そして対立を恐れない。

対立を避ける唯一の方法は、自分を抑えることだけだから。

 

ちなみ、担任の先生は、

四国へお遍路の旅に出たんだけど、

その理由が「ハチャメチャな教員時代の償い」って言っていて、

私は長いことそこでも勝手に責任を感じていた。

 

で、先日、この話をNVC(非暴力コミュニケーション)の先輩に話したら

「よかったじゃん!お遍路行ってよかったんじゃない!?

というか、一人だけ正直に書いたちえちゃんを誇りに思う!」

って明るく笑ってくれて。

 

『あ~私はもう救われた』って思いました。
過去をえぐるのは痛いですが、過去の自分を救ってあげられてよかった。

見ないようにしていたものを、見てみる。

そこで手放せるもの、あると思います。