カサンドラな日々

「なぜか周りと噛み合わない」ズレを楽しむ人のブログ

ケンカのゴールを「どっちが正しいか」にしない

私はケンカをあまりしませんでした。

ケンカが始まると、自から、土俵から降りてしまいます。

(そもそも自分の意思で土俵に上がってないし)

 

そして土俵からそっと降りた後、

その人との関係を絶ってしまう、という傾向がありました。

 

*目次*

 

最後に勝たないとダメな人

私の母は、(私から見た印象ですが)

「最後に自分が勝たないとダメ」な人です。

勝つまで、あの手この手で何度でもやってきます。

 

そもそも、私は言いたいことすら、言わないままの

負け試合になっていた。

 

母が何か言う→私がそれに答える→「◯◯◯」

 

この次に私が欲しいものは

私の意見に対しての、母の回答ですが、母は違った。

 

例えば

「よくもまあ、親に向かってそんなことが言えるわね。」

とか「ちえはおかしい。昔はそんなこと言わなかった。誰の影響を受けてるの?」

「(兄弟)はそんなこと言わない。普通の感覚があれば言わない。」とか。

「あなたも親になればわかるわよ。」とか

「今まで私がどんな気持ちであなたを育ててきたかわかないんでしょうね」と言って泣き出すとか。

 

え、話が変わってるーーーー!!!

 

母に意図はなかったと思うけど。

私が言い返せないことを選んで言ってるように、感じてました。

 

自分の考えがないものとされる虚しさ

もう何も言う気にならない。

話しあいにならないんだもの。

しつこいんだもの。

悲しいんだもの。

自分の考えはいつもあったけど、出さなかった。

和解したり考え直す準備はいつもあったけど、それを出すタイミングがなかった。

話し合いができるわけないって諦めていたし。

でも出さないから(私がいけないんだけど)

私の考えなど、元から、ないものとされる。

私の意思など、元から、ないものとされる。

 

「しつこい」って一番怖い

学校の先生でもそうなんですが、

一番怖いとされている先生は「しつこい」先生でした(笑)

一度スイッチが入ると怖いから、退散する。

母親の言っていることはいつも理解はできた。

でもそれを投げてくる理由とかタイミングとかは、

いつも意味がわかなかった。

大好きなお母さんを憎く思う自分は未熟な人間だと思っていた。

このままだといつまでも母を悲しませてしまうダメな自分だ。

だから未熟な部分を補わないといけないと思っていた。

 

ケンカを自分が正しいと証明する手段にする

そんな私。

他人と、土俵から降りないでケンカしたことがある。

その時の私は、勝たないと気が済まなかった。

私は口喧嘩では勢いで負けるけど、手紙やメールでは負ける気がしなかった。

これね、完全にリベンジを果たす相手を間違っていたよね。

「どうだ、みたか、気をつけろよ!」という圧力をかける恐ろしい女。

自分が正しいことを証明するために、ずいぶん卑劣なまねもしてしまったわな。

今はもう、誰かをコテンパンにやっつけてしまおうというような

物騒なことも考えなくなった。

 自分のことがすごく大切だと、自分で確認できるようになったから。

  

 今の家庭で大事にしていること

夫と出会って結婚して、これだけは大事にしようと思っていること。

 

それは、どっちが正しいか、間違っているかで

決着をつけようとしない、ということ。

(まあ、大抵、私が正しいと思っているけどね。)

 

二人に必要なのは、

どっちが正しいか、どっちが偉いか、じゃないんだよね。

何かしらの理由で満たされていない、その何かを埋めたいだけなんだよね。

 

それでもやっぱりケンカにすらならないこと、いっぱいあります。

冷戦の方が楽だから。

その時に二人にあるのは「諦め」という分断。

 

でもこの分断っていうのは、自分が欲しいものではない。

 

だから、なんとか頑張って、夫婦げんかしています。

やれやれ。