感情から、ひもとく

元保健室の先生。これを愚痴で終わらせるわけには・・という執念の日々のブログ。

八方美人でも、七方美人じゃないなら、いいじゃないか

 

 

美人でも美人でなくてもいい

八方美人でもいいじゃないかって思う。

ただ、七方美人だと、分断され、残された一方が気になる・・・

経験ないですか?

みんなに優しい人が、なんだか自分にだけは冷たい、みたいな絶望感。

 

それでも、それだけの人に、七方や八方に美人を振る舞えるってすごいよ。

美人だろうが、悪い顔して悪いこと囁いていようが、もう誰が何しようと、その人が幸せなら、それで何よりです。(完)

 

これで終わりません。

 

アドラー心理学「2:6:2」 

心理学者のアドラー先生によると、人が10人いれば、どんなことをしても好きな人が2人、苦手だなと思う人が1人いるものらしいです。

(2:6:2または2:7:1と言われています)

 

これ聞くと、安心しませんか?

 

だってみんな違うんだから。

いいと思うことも嫌だと感じることも、人によって違うんだから。

10人いて1人に苦手だと思われても、それは自分のせいではないです。

 

自分のせいではなく、世界のバランスです。

 

そしてここからが重要なのですが、

関わり方によって、自分のことを好きにも嫌いにもなる人が、10中7人いるってことです。

 

自分とは違う考えの人がいるという、一つの諦めが自分を救ってくれることもある。

でも、自分の世界を広げたいと思ったら、分断を自ら作らないことなんだろうなと最近よく思います。

 

「この人は自分と違う人だ」という分断は、潔くて楽だけど、その決めつけは、豊かさとは真逆な方へ向かってしまうかもなって。

 

「あなたはそういう人なんですね、さようなら」をし続けたら、2:7:1のバランスも、「2:8=好き:嫌い」になっちゃうかもってことです。

 

一番疲れない、幸せな人 

七方美人でも、八方美人でも、一方美人でも、なんでもいいんだけど。

その人たちが疲れていないといいなと思う。

嫌われないように、美人だと思われるように、振る舞う。もしくは始めから分断させてしまう人は、なんだか何かを守っているような、恐れているようなイメージ。

まあ、これ、わたしの話なんですけどね。

 

私は・・・

その人自身の「あり方」が、人によって変わらないというのが、美しいなと思います。

信念とか、意図を持つってことなんでしょうかね。

 

周りがどうであれ、環境に左右されない自分がいる。

自分の内側に源があるようなイメージです。

 

人にどう受け取られるか、それは相手に任せる。

結果は手放す。

そして多分、そういう生き方が一番疲れない。