カサンドラな日々

「なぜか周りと噛み合わない」ズレを楽しむ人のブログ

引っ越しの話⑵ 「てんやわんや」

私は出産後、2ヶ月で引っ越しをした。

あの頃、本気で泣いた日々を、今少し笑いながら書き残しておこうpart2

 

 

「役に立ちたい」の目的

私の母は「役に立とう」の圧がすごい。

実際、本当に人の役に立とうとするなら、相手の立場に立って考える、とか

相手方にヒアリングする、とかが必要だと思ってるのだが

彼女にはそういうのが、ない。

 

い、言っちゃ悪いですけど

言っちゃ悪いですけど「自分はこういうことをした人です」

という満足のために生きているんじゃないですかー?と、アタシは思ってる。

 

前に母が

「目の不自由な人がいてね、見ていて危なっかしいから手を貸したのよ。

そうしたら、急に触ったり、パッと手を貸されると状況がわからなくて

逆に危ないんだって言われちゃったのよ。

でも、目の前にそういう人がいるのに何もしないでいるのも

「あの人はなんで何もしないのかしら?」って思われるじゃない?

だから私は手伝うのよ。」

 

と、やたら低い声で、ボソボソ話すのを聞いていて

本当に嫌になった。

そして、やっぱりあなたはそういう考えでしたかと、思ったのだ。

注意されても、修正しようとしない

彼女のあの強さはなんなのだろうか。

 

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 今回の引っ越しに当たっても

「娘が引っ越しすると聞いて大変だろうから手伝おう」ではなく。

「頼まれたから手伝おう」でもなく。

 

「母親」としてあれこれ、それくらいのことしておかないと、

「誰か」に「どうか?」と「思われる?」かしら??

 

みたいな、ややこしい恐れの中で生きていたように、私には見えた。

 

前置きが長くなりましたが。

それでも、母の「手伝いにいくよ」という気持ちは、人手が少ない中ではありがたい。

 

「引っ越し業者がきている間、赤ちゃんを外に散歩に連れていってほしい」

とお願いをした。

 

知らない人が出入りするし、大きな荷物が動くし、埃もたつし。

引っ越しより何より常に赤ちゃんの様子が気がかりな毎日であったので

これは私の強いリクエストであった。

 

赤ちゃんをどうか、安全な場所へ。

私の願いはそれだけだったのです。

母親は電話で「わかった。あと、お弁当作って持っていくね。」と言っていた。

 

「ご飯は用意できるから大丈夫だよ。それより、赤ちゃんをよろしくね。」と

伝えても、やたらと「お弁当」の話をしている。

 

なんか嫌な予感がする。

 

嫌な予感は当たるのだ

当日、手作りのお弁当をいっぱい持って現れた母。

食べる暇ない。

こちらは赤ちゃんの世話をしながら

荷造りをしている最中だったので

赤ちゃんをあやしていてほしいとお願いする。

 

が。

 

母:いや、それより何か手伝うわ。

 

私:(今詳しく何かを説明してお願いするより、自分の作業に集中したいねん。)

私: いや、赤ちゃん見てくれたら、嬉しいな。

 

母:えー、何かやるわよ。

 

私:じゃ、じゃあ・・・。カーテン外してもらおうかな。(それなら説明なしでもやってくれるだろう)

 

母は「えー、カーテン?どれどれ」と渋々(?)外し始めますが

足場が悪いとか途中ごねて

フツーに夫に手伝わせています。

 

(いや、この人(夫)は、今めっちゃああああ、忙しいんで

お願いしないであげてくださいー!!断れませんからー!!!!!)

 

夫に「自分のことして!!」と、目配せしながら、赤ちゃんを抱いて作業する自分。

 

母が外したカーテンを袋に入れながら窓を見ると

そこにカーテンのフックがぶらさがってる。。

 

おい、フックごと外してや・・・。

なんでご丁寧に窓に残してるの?

 

「お母さん、フックが残ってる。このフックも、新居に持っていくんだけど。

フックがないと、カーテンつけられないよ。」と言ったら、彼女は途端に不機嫌に。

 

空気が変になってきたところで、引っ越し業者のお兄さんが2人登場!!!

 

若くて元気で大きな声を聞いた赤ちゃんが泣き出す!!!

 

「さあ、お母さん!お願いします!!」と丁寧に赤ん坊を差し出すが

 

それでも母は動きません。

 

私の説明が足りないのかな?

 

「抱っこ大変?ベビーカーに乗せて、庭でいいからお散歩してきて。

何かあったら電話して?

泣いたらおっぱいあげることもできるから、途中で戻ってきてくれていいし。

とにかくここにいさせるのは、落ち着かない。」

 

それでも母は動きません。

え?聞こえてる?

私の声出てる?(先ずは自分を疑う)

 

引っ越し屋さん、夫との連携、赤ちゃんの世話、自分の作業に加え

母親の様子を伺う自分。

 

そして母親の様子を伺うのが一番緊張すること(これは失敗するわけにはいかぬ)と

思っている自分は、焦ります。

 

「あーじゃあ、お母さん、もうこちらでやるのであとは大丈夫です。」

 

精一杯絞り出した自分の言葉は、母を刺激してしまったのだろうか。

本音は「邪魔だからもう帰ってくれや」だったので、だいぶ丁寧に言葉を選んだけど。

 

母は突如、せっせと、ダンボールを組み立て始めます。

 

使うかわからない新品の(畳んである)ダンボールをどんどん作りあげていきます。

 

引っ越ししたことある方ならわかると思うんですが、引っ越し作業の大詰めで

スペースがない中、空のダンボールが大量に作られていくって、すごい迷惑ですよ?

すっごい罪ですよ?

 

おまけにいうと、引っ越し屋さんからは、ダンボールのガムテープの貼り方とかも

結構指示があるんですよ。(バッテンに貼る、色を分ける等)

ペッと、軽くガムテープを貼られた空き箱が

2個、3個、4個、5個とどんどん出来上がっていく。

 

我慢の限界。

本当に何を勝手にやってくれてんねん。

いつもいつも。

 

お願いすることはやってくれないのに

私が「やらないで」ということはグイグイやってくる。

いっつもそうだ。

この人はいっつもそうだった。

こちらは迷惑だと言っても

感謝が足りないとか言ってくるんだ。

ホントなんだなんだこの人は。

 

こんな時に、過去を思い出して、泣く自分。

 

そして・・・それをお母さんに言えない自分。

 

赤ちゃんをあやすと言ってクールダウンしに外へ出て

荷物運びは男性たちに任せます。

 

もう疲れたんだわ、わしは・・・。

 

 

疲れきっているところに、義理の両親が車で迎えにきてくれたので

残りの作業は夫と引っ越し屋さんにお任せして

私と母と赤ちゃんは義理の両親の車に乗って新居へ向かいます。

 

車の中で、母だけがひたすら喋り続け、義父だけが相槌をうっています。

 

もう疲れたんだわ、わしは・・・。(二回目)

お義父さん、引き続き相槌を、よろしくお願いします。

 

みんなどうして・・・

新居に到着。

新生活が始まる感動もあって、ちょっとメンが回復。

 

そして、母親は床にお弁当を広げます!!

 

「さあ、皆さんで食べましょう!!!」

 

めっちゃ、生き生きしとるがな。

 

夫もお腹空かせてるだろうに。

私だけいいのか?

どうしようかな?

他に今やっておくことは?

いっぱいある気がする。

 

と思いつつも、手を伸ばす。

食べる。

美味しい。

お母さんありがとう。

 

でも・・・義理の両親の様子が変だ。

 

義母:えっとー、何か手伝おうかと思ったんだけど、もういいのかな?

 

母:一緒に食べましょうー!

 

義母:いえいえ、悪いから。じゃあ、私たちは帰ろうか。

 

義父:お母さんもいるなら大丈夫だね。

 

と言って帰ってしまう義理の両親。

 

なんでー!!!!!!!!!!!!!!

 

「これからおっ引っ越し、はーじーまーるーよー!!」

と背中に心の声をぶつけるが、届かない。

 

実際の声も出して、引き止めたが、それでも帰ってしまった。

 

義母は前回のことで、もしかしたらちょっと怒ってるのかな。(引越しの話①)

 

それとも、うちの母を苦手に思っているのだろうか。

 

考えてもわからないことを、少ない情報を集めて必死に考えます。

ぱにぱにパニックで、答えにたどり着けない。

 

そして、お義父さんの「お母さんがいるなら大丈夫だね」

というヨミは甘すぎる。

 

そして、トラックの音が聞こえます。

 

ダーリンが!!

帰ってきた!!!

私の相棒!!

私の唯一の味方!!!

 

「あ!引っ越しのトラックが到着したみたいだね!」

 

私の言葉とほぼ同時に

母は自分の荷物をまとめ始め

 

「あら、大変!もう来ちゃったの。急いで帰らないと。」と

母は帰って行きました。

 

あれ、お母さん。

何をしにここまで来たんだろう。

へー、このタイミングで帰るんだ。

お弁当食べたしね。

へー、今ここで帰るんだ。へー。

でも私もお弁当食べちゃったし。

後でちゃんとお礼しないとうるさいだろうな。

面倒くせーな。

 

 

夫:あれ、みんなは?

私:みんなね、帰っちゃったの。

夫:はあ?

私:私に原因があるのかな?私がいけないのかな?

夫:え?全然わからないけど。とりあえず、絶対違うよ。

 

夫はこういう時、私を責めずにいてくれます。

本当はあと3人、大人がいたはずなのに。

みんな帰っちゃったのに。

 

それでも何か事情があったのだろうと察して、妻を責めずにいられる夫に

アタシもなりたい。

 

夫よ、お前もやってくれたな

しかし、事件が起こります。

新居に一番に運ばれた荷物が大量の「市指定の有料ゴミ」だったのです。

 

違う市に引っ越して来たので、そのゴミはここでは出せません。

というか、引っ越しのためにわざわざ買った大袋(800円)だぞ。

 

荷物が増えると大変だからと、捨てる決心をして、ゴミ袋に詰めた物たちと

ここでまさかのご対面です。

(汚れている物も多数)

 

新しい土地でゴミ捨てるって

ゴミ袋買い直して、分別し直して

たぶん、めっちゃ面倒くさいんですけど!!!

 

「・・・なにやってんの?」

と大げさにため息つく自分。

 

「どいつもこいつもなんなんだよ!」という感情が溢れてくる。

 

そこの引越し屋さん!

あなたもですあなたですよ!

今後ゴミは運ばない方がいいですよ!(心の声)

 

あああああ。

母親にそっくり。

 お母さんみたいになりたくないのに。

 

お母さんや義理の両親には何も言えないのに

夫にだけは強くあたってる。

 

お母さんみたくなりたくないのに。

耳くそほじりながら文句言ってまう。

 

 

今、振り返る

この話を3年後の今、夫としていて。

まず、第一に、自分は、母に何も言えないねということを改めて自覚した。

 

そしてあの両親たちの行動は何だったんだろうか、という議論になった。

 

2人の結論は

「みんな、その時その時、それがいい選択だと思って行動したんだろうね」

だった。

打ち合わせと違うけど、本人たちなりの臨機応変な対応だ。

 

うちの母に関しては、「自信がなかったんじゃないかな?」という結論に。

 

「生後2ヶ月ちょっとの赤ちゃんを連れて外の出るとか、一人でそれを任されるとか

荷が重かったんじゃない?」と。

 

それならそうと、言ってくれればいいのにね。

でもあの世代って、不安のあまり傲慢な態度に出てしまったり

弱いところ出せなくて強気に見せたり、不器用だよね、と。

不器用っていうか、隠せてないし、逆にダサいよね。

「できない」って素直に言わないから面倒くさいよね。

「わからないのかな?」と思って具体的に説明するとムッとするよね。

作業とかお願いすると「こき使われた」とか周りに言いふらすしなんなの?

プライドなのかな?

格好つけるの、ホントやめてほしいよね。

 

こうやって散々言ってる自分たちは、どんなジジイとババアになるんだろうか。

 コミュニケーションのとれるジジイとババアになっていたい。

耳くそほじりながら文句だけ言う「妖怪口だけババア」にはなりたくない。

 

どんな時も、みんなそれぞれ、事情があって、感情があって

ニーズがあって、それらを満たしたいけど満たせなくて

大変だと思いながらみんな生きていることは、間違いなかろう。

それはずっと、心に留めておこう。(完)

 

引っ越しの話(1)「産後は辛いよ」

私は出産後、2ヶ月で引っ越しをした。

あの頃、本気で泣いた日々を、今少し笑いながら書き残しておこうと思う。

 

 

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絶望的な自分とお気楽な相方

妊娠中に、施工会社と打ち合わせ&工事をしていて

出産後1ヶ月くらいで新居の引き渡しになった。

自分や赤ちゃんの体調や生活の変化を考慮して

引っ越し日を出産予定日の2ヶ月後に設定していた。

 

当初、夫は「引っ越しは俺がやるから任せて!」と言っており

私は里帰りからそのまま新居へ移る予定でいた。

しかしあまりにも、私のメンがヘラちゃんだったので

母親との生活に限界を感じて、1ヶ月検診の日に

そのまま自分の家に帰った。

 

赤ちゃんを抱いて久しぶりに帰宅した家は悲惨だった。

家主が不在で放っておかれた家。

わかってはいたが、やっぱり家主は私なのだ。

 

そして慣れない赤ちゃんとの生活。

物に溢れた部屋。

全てのペースが乱れて、無条件にイライラする。

 

授乳しながらカレンダーを見る憂鬱。

「あと土日を2回迎えたら、ここを出ていかないといけない」

みたいな計算をして焦っている日曜日に

夫は「天気がいいから今日出かけようか?」という提案をしてくる。

 

え、ばかなの?

そもそも、あなた、自分一人で引っ越すつもりだったのなら

もっと片付けておきなさいよと、横目で夫を見る。

 

でも、一度くらい、天気がいいからっていう能天気な理由で

外に出て、新メンバーとのお出かけを楽しんだ方が

夫婦の関係性は良かったのかもしれない。

関係性が悪くなると、共同作業は本当うまくいかなくなるから。

 

産後はずっと「産後」なのだ

それで引っ越し1週間前の日曜日

「本当にやばいよ」と夫に泣きつくが

夫は「徹夜すればなんとかなるよ」という回答。

 

徹夜しても絶対間に合わないし。

私かれこれ2ヶ月近く、ろくに睡眠も取れずヘロヘロなんですけど。

 

ここでさらに徹夜したとして、その睡眠不足をどこで挽回できるか?

目処も立たないし、まじで死ぬ、とオヨオヨ泣いた。

 

仕事で少々無理しても、今までだったら「終わったー!」っていう瞬間から

心身は解放されて、とりあえずの睡眠や休息は取れて

なんとなく元のスペックに回復していくじゃないですか。

 

でも産後は違うんですよ。

回復する時間が一向にやって来ないんですよ。

自分で時間を作ることが出来ないんですよ。

どんどん積み上がっていくんですよ、疲労が。

 

私は今だから思うけど、1年半くらい「産後」でしたよ。

中には、卒乳するまで、幼稚園に入るまで、3年くらい産後という人も

もっと言えば「私は20年間産後だったわ」という苦労人もおる事でしょう。

 

とにかくパートナーの能天気ぶり、現実を見れていない感じに

心底絶望しておりました。

 

ヘルプを出すが 

そこで私は、申し訳ないなと思いながら、義理の両親にお手伝いを頼みます。

ヘルプを出すの、すごく苦手な人間だったのです。

でも、もう限界を感じたから。

家に来てくれた義母が、全く片付いていない部屋を見て

吐き出すように言いました。

 

「全く、呑気な夫婦だね・・・」

 

ちょっとムッとしましたが、これは面白いぞと思い

帰宅した夫に早速報告します。

 

「義母さんがね、全く呑気な夫婦だねって言うから。

いえいえ呑気なのは、あなたの倅ですよ〜。

私はその被害にあってます。

本当に呑気な人と結婚して困ってます(笑)

って言おうかと思ったんだ〜!!あはは・・・あれ?」

 

夫、突然の激怒。

 

「フザケンナヨ!!

こんな小さいな赤ちゃんと生活していて、、

部屋が片付くわけないだろうっっっ!!!」

 

 

え?何?

この人は何に怒ってるの?

え?え?

 

私の発言に怒ってるの?

いや、違うようだ。

 

戸惑いながら、怒りの収束を待ちます。

「フザケンナヨ・・・」夫の怒りは収まらないようでした。

 

 嫁の立場が危うい

翌日、義母から私宛に謝罪が入ります。

「何も考えず、呑気だなんて言ってごめんなさい。」

 

え??

いえいえいえいえいえいえいえいえいえ!!!!!

本当に呑気なんで〜〜!!

その通りなんで〜!!!

大丈夫ですよ、気にしてません。

いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!!!!

ねえ、本当、呑気ですよね、私たち。

お手伝いに来ていただき、ありがとうございましたっ!!!!!

来ていただいのにすみません。

全然気にしてませんからっ!!!

 

 

義母さんに、焦って弁解しながら。

恐縮しながら。

 

「あいつ(夫)は何を言ったんだ?」と考える。

 

これ、嫁としての立場がない。

息子に怒られている義母さんの顔を思い浮かべてみる。

 

「なんでそう思うの?」と聞かれてもうまく説明できないが

多分、義母はプライドが高い。

肌の感覚で感じるのだ

「絶対この人を怒らせてはいけない」と。

 

あの場で笑って謝罪&礼を垂れていたはずの嫁は

不用意な発言に本当は傷ついていて、それを夫にチクっていた。

 

そういう事実だけが残ってしまった気がしてソワソワした。

 

 

「おい!お前何言ってくれてんねん!

義母さんに謝られてめっちゃ気まずかったぞ!!」と夫に訴えてみるが

夫はまだ頑なに、「いや、俺は許せないんだ」モードに入っておった。

 

 

この話を3年経った今、夫にしたら

「うわー俺やばいね笑。ちえちゃんの立場ないね笑。」と笑っていた。

 

怒りに支配され、視野が狭くなるという現象は恐ろしい。

 

引っ越しの話はまだまだ続く。

「妻の機嫌が悪いのですが、僕のせいでしょうか?」

答え「そう思っておいて、ほぼほぼ間違いなかろう」

 

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ある朝、私はいつものようにご飯の支度をしていた。

 

その横で夫が携帯を見ながら

伝説のバンド「クイーン」の奇跡について語っていた。

 

息子はもうダイニングテーブルの自分の椅子に座り

 

「ごはんだよー!!」

「すわってー!!」

「じかんだよー!!」

「すわってー!!」

と声の限り叫んでいる。

 

そしてこの叫びは私にしか届かない。

たぶん周波数の関係かなにかで。

 

彼はまだ2歳。

みんなが座ればご飯が始まるという誤解。

 

きみきみ、ドラえもんの「畑のレストラン」じゃないんだから。

 

左手で野菜を煮て

右手で目玉焼きを焼き

冷蔵庫から子供が欲しがる麦茶を出しながら

右耳でクイーンの功績を「ウンウン」と聞き

左耳で子どもの叫びを「はいはい」と聞き

朝食の味見をしながら

目と顎で、夫に指示を出す(伝わらない)

 

仕方がない。

夫は熱心にクイーンについて語りたい気分なのだ。

 

 

ねえ、お願いドラちゃん、私にスペースをちょうだい。

 

 

「フクくん、何も働かないでご飯を待ってるのはフクくんだけだよ~♪」

 

咄嗟に出た、夫への嫌味。

 

それにこたえたのは、息子だった。

 

「チガウー!チガウー!!(泣)パパも、はたらいて、なあいっ!!!(泣)」

「あ、こういうことはこの人に気づいてもらえないんだ」という傷

「あ、こういうことは、この人に気づいてもらえないんだ」

ということがあった時に

その人のことを意地悪な人と判定して

終わりにしがちだったな、俺。・・という話を今日はします。

みなさんにもありませんか?

たとえ、お互い笑顔で接してても

「・・・この人を信じられなくなってきた(^^)」

というようなか感覚になることが。

 

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掃除分担事件

 

前職は小学校の保健室の先生だったのですが

小学校って、職員室内でグループ分けをされているんですね。

低学年・中学年・高学年・専科など、そんな感じのグループ分けでした。

 

専科というのは、音楽の先生、家庭科の先生、図工の先生、算数の先生、理科の先生、保健室の先生、嘱託の先生等で、担任を持っていない先生です。

 

嘱託の先生は定年退職したおじいちゃん、おばあちゃん先生で

時にアクが強めの大先輩もおります。

で、このグループでやる仕事というのが、結構多い。

 

低学年・中学年・高学年それぞれの先生方は常日頃からチームプレーなのですが

この専科グループってのは寄せ集め感が満載でして

突然話し合ったり協力し合ったりしろといわれてもなあ「難しいンだよナ」と私は思っていました。

 

どこの職場でもそうだと思うのですが、特に「若手」であるというだけで

先輩方からは、体力、気力ともに満ち溢れていることを期待されます。

週に一度の放課後の掃除なども率先してやることが求められます。

で、この時の若手が、私と音楽と家庭科の先生の3人で全員女性だったんですね。

 

ある日、保健室に子どもがいなかったので

職員室で仕事をしようと職員室へ行ったら

音楽の先生が一人で掃除を始めていました。

掃除はいつもなら放課後にやることになっています。

その時、4時間目の授業中で、他に先生はいません。

聞くと、放課後は出かけるので掃除ができないから、今やってるとのこと。

 

自分もやりたい仕事があって職員室に戻ってきたわけですが

一人で掃除をするのも大変だろうと思い、当然、一緒に作業を始めます。

食器の洗い物は放課後にたくさん出るので、給湯室の片付けを残して

2人で職員室内の掃除を終わらせました。

 

放課後、保健室で溜まった仕事をしていると、部屋の扉が勢いよく開き

家庭科の先生がピシャリと言い放ちます。

 

「音楽の先生から職員室の掃除をやってくれたとの伝言があったので

私と図工の先生(この図工の先生はめちゃ怖い)で給湯室やりましたっ!!

だから先生はゴミ捨てやっておいてくださいっ!!(バンっ!!)」

 

私が答える間もなく、保健室の扉が勢いよく閉まる。

え?なにこの一方的な暴力。

私、掃除やったんですけど。

給湯室の片付けやったくらいで威張らないでくれます?

いや、私は何もやってない人だと思われてるのか?

え?というかなんで、音楽の先生は自分だけがやったことにした?

そんなつもりはない?

悪気ないってやつ?

ねえ、音楽の先生よ。

「私、掃除やっておきました」の回答では20点よ?

「私、職員室の掃除やっておきました」でも25点よ?

「私と保健室の先生で掃除やっておきました」で95点よ?

「私と保健室の先生で職員室の掃除やりました。給湯室とゴミ捨ては放課後にまとめてやるのが効率的だと思ったので、すみませんが残りはよろしくお願いします。」

って、家庭科の先生に言わないと、あの人には通じないよ?

 

とぐるぐる考えて、やり場のない怒りを抱えながらも

「あ、図工の先生には、給湯室の片付けをやってもらったお礼は

ちゃんと言っておかないと」と思って、お礼を言いに行きました。

 

毎日笑顔で頑張ってました。

 

例えばよ、例えば、掃除が始まる時間に職員室へ行って

「私も音楽の先生と一緒に先ほど職員室の掃除をしましたので、他の作業は

お願いします」と言えばさ、それはそれでさ。

「今この時間あなたの体はここにあるのだから協力しろや」

という雰囲気になる気がする。

いや、間違いなくなるだろう。

掃除したくないわけじゃないのよ?

やる気がないわけでもないのよ?

でもなんかこの状況にモヤモヤするんだけど、私が悪いの?

私は2歳年上の家庭科の先生が怖かった。

そして同い年の悪気のなさそうな音楽の先生が一番怖かった。

図工の先生は普通に怖いおばちゃんだった。

 

未消化案件

「あ、こういうことはこの人に気づいてもらえないんだ」という傷は

この若手3人の関係では、しょっちゅう生じていました。

「私たぶん誤解されている」

「その言い方に傷ついた」

こういう感情って、当時者間で表現しにくいなって迷いませんか?

 

私はいつも迷って、外には出さず、自分の中にしまって終わりにしてました。

だから、終わりにしたつもりが終わっていない未消化案件が、心を疼いています。

この話だって「オイオイ、何年前のことよ?」って感じですが

なんかふと思い出したのでこのタイミングで文章に書いて、消化を試みてます。

 

この同世代の女3人でいると、いつも「うーん、なんか噛み合わないな〜」という感覚になっていた。

当然、私が2人を傷つけたこともあったかもしれない。

仲良くなるのはもちろん、わかり合うのを、諦めてたなと思います。

 

「この人、気が利かないな」という理由では人を嫌わない

肌感覚で「夫や彼氏が気が利かない人でさ」という理由でお怒りの方は

多いように感じています。

うちもそうです。

「その言い方では足りないよ」という不満は、時に関係をこじらせます。

 

例えば、1ヶ月前から友人と食事に行く約束をして

その間は夫が子どもをみていてくれることになっていたとしましょう。

夫が一人で子どもをみるという状況は年に1〜2回です。

しかし、夫は仕事を入れてしまいます。

仕事を入れてしまうというより

「なんか知らんが仕事が勝手に、気づいたら入ってきてたんだわ」

というような謎の感覚で夫も困っています。

仕事と言われれば、こちらも、ぐうの音も出ません。

そこで夫は、自分の実家に

「妻が友達と遊びに行くんだけど俺は仕事だから、孫と遊んでくれないか?」

と連絡をします。

良かれと思って連絡します。

私は、それだとめっちゃ不満なんですが、考えすぎでしょうか。

 

その言い方だと「息子は仕事で大変なのに、嫁は遊び歩いているのか?」

という印象にならないでしょうか。

 

夫は「え?うちの両親はそんな悪い風には思わないよ。孫と会えたら嬉しいんじゃないの?」と言います。

私は普段の様子を観察する限り、そこまでポジティブに引き受けてくれるとは思いません。夫婦で見えている世界が違いすぎて、もはや真実はわかりません。

私は肌感覚で、雰囲気をキャッチしますが

夫はそのような曖昧な感覚を採用しません。

そもそも、私は結構困った状況でも、人に連絡して助けてもらうということを

ほとんどしてません。

だから簡単に両親に依頼してしまう夫に対しての嫉妬のようなものもあります。

 

「ジャア〜・・・両親に来てもらうくらいなら、私約束断るわ・・・」と渋々言うと

夫の方は「そっか、わかった。ごめんねっ!」と実にライトな返し。

そして黙って私は夫を睨む。そして根に持つ。

 

根に持っているので、どうしても後になって

「本当は行きたかったのに」と嘆いてしまう俺のことを

夫も「よくわからん、難しい人だ」と思うようです。

 

こんなズレズレの人生で学んだことは

「察して欲しい、は己のわがままだと心得よ」ということでした。

 

「気が利かない人だ」と認定して、見下して、嫌うのは、もう終わり。

「私はこう思ったよ」と伝えないことには

一向に分かり合えないし、お互い満たされない。

だって違う人間なんだもの。

 

そして自分のしたいことがあるなら

人に協力してもらったり、誰かにお願いして助けてもらったり

をもっとしてもいいんじゃないか、と言うこと。

それで、相手がどう思うかわからないけど

それをコントロールしようというのも変な話だよね。

 

友達と1ヶ月前から約束していたのに行かなくていいの?

両親にお願いすることはそんなに悪いことなのかな?

誰にも頼らず母親業を頑張ってます、という自分に酔ってないか?

 

細かくチェックすると色んな疑問符が飛んでくる。

私はそういう自分の痛い部分と向き合うのが面倒で。

人と向き合うのが面倒で。

結果(人からの評価)を手放せなくて。

 

でも、もう「人を嫌いになる」という方法で

一人で感情を始末するのはやめようかな。

 

 もうそれ以外の方法で解決していけそうな気がする。

 

 

 

おとうさんへ「早く家に帰ってください」

タイトルが意味深ですが

深刻な家庭の話ではないです。

これはおとうさんから感じた「親切」のズレの話。

 

これは第一子を出産をした時のお話。

パワフルに産んでしまった私は会陰裂傷がひどく

お股が、お尻の穴の直前まで裂けてしまった。

(こういう話が苦手な人がいたらすみません)

 

入院中はずっと横になっていて過ごしていたのだけど

座るのが本当に辛い。

ドーナツ型のクッションも用意していなかったので

もう、悲鳴をあげながら、前かがみになって

やっと車の座席に座った感じだ。

 

そして出産後の身体というのは

自分でも何がどうなってるんだかわからないくらい、ボロボロ。

腰もガタガタで、まっすぐ座ってられない。

それでも私は越えなくてはならなかった。

「車で1時間」「退院」という難関を。

 

車の窓ぎわについている、あれはなんだ?手すりか?

とにかくソレを私は初めて利用した。

時に「ぎゃあ」と言いながら座っていた。

そしてガタガタの身体を支えるために

下半身に神経を集中させた。

 

隣には、生まれたばかりの赤ちゃん。

初めての大移動。

首は大丈夫だろうか。

オムツは大丈夫だろうか。

お腹をすかせて泣くかもしれない。

心配は尽きない。

 

あゝ早く家に帰りたいよお。

 

運転席では、おとうさんがずっと喋っているが

道路の話や、過去何度も聞いた話(道路の話を含む)など

なんとも感想の思い浮かばない話だったので

なんとなく聞いていた。

でも時々クイズ形式で私(だけ)に、回答を投げかけてくるので

ある程度、集中していなくてはならぬ。

 

そっとしておいてほしい。

とにかく私は、赤ちゃんと私のことで頭はいっぱいなのだお。

 

ふと窓の外に目をやると

見慣れない景色

 

え?ここはどこ?

 

「おとうさん?ここどこですか?家に向かってますか?」

 

「ああ!今日は一度も右折しないで家に行く方法を調べてきたからね!」

 

私は、おかあさんと、夫の顔を交互に見る。

 

フツーの顔して座っている。

 

だめだ、ここには私を助けてくれる人はいないのだ。

 

え、それ、迷惑なんですけど、私はお礼を言わないといけないですか?

右折しないで帰れるんですか?すごいですね。

調べてくれてありがとうございます・・・

って言わないといけないですか?

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長い長い、帰路に揺られながら私は怒りをぶつける場所を探していた。

 

それが、ないのだ。

 

そうだ、ずっとなかったのだ。私には怒りをぶつける場所が。

 

怒りというのは表現するのは自由だけど、誰かにぶつけてもいいものではない。

 

しかし、退院を手伝ってくれている人(お礼を言うべき人)

に対してこんな怒りがあるのはなぜだろう。

 

おとうさんは、(わからないけど)もしかしたら、右折をしたら

産まれたばかりの赤ちゃんがびっくりしてしまうというイメージの世界で

生きているのかもしれない。

 

もしそういうイメージで生きている人なら

この「右折しないで赤ん坊を送り届ける」は重大ミッションだ。

 

だが、なんだろう。

 

道に詳しいことを自慢しようとしているような独特な熱量を感じる。

どうやら、そこに、私は怒りがあるぞ。

 

お礼を言い感謝するべき相手だし

本人も「俺は感謝されて当然なことをしている」という

「自信」のようなものをまとっている。

 

でももうそんなことどうでもよかったんだ。

話を複雑にしたくない。

 

とにかく私は早く家に帰りたかったんだ。

 

子育ては、操り人形だ

私は母親から日常的な暴力を受けたわけでもないし

育児を放棄されたわけでもないし

ブタと間違われて、宇宙船から捨てられたというような、過去もない。

ただ、ただ、自分が息子を出産し、母親になってから

自分の「育ち」について考えるようになったのだ。

 

 

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 理想のペンダント

「私はお母さんのペンダントだったのでは?」

この疑問が私をジワジワ苦しめた。

 

母親には、可愛がられ、大切にされた。

でもそれは彼女自身を輝かせ、人からよく見られるための

ペンダント的な役割の範囲でしか、なかったような気がするのだ。

 

私は自分自身でいるよりも、母親が求める「娘」にれるよう頑張った。

自慢の娘でありたいと思い続けた。

誇らしいと思ってもらいたかった。

それに応え続ける自分にあった感情はたぶん「喜び」だった。

 

選ぶ洋服も、習い事も、進学先も、就職先も、紹介する彼氏も

すべて母親のことを考えながら決めた。

 

私が「間違った」「失敗した」と思う時は、

母親の反応がよくない時だった。

母のルールの中での失格をしてしまうと、

彼女は簡単に娘を突き放し、見捨てた。

「親の顔に泥を塗るのか」と怒鳴ったあとに泣く母親は、

完全に被害者の顔をしていた。

 

気づくとすぐ加害者になっていた私は

いつも申し訳なくて仕方がなかった。

自分はまだまだ未熟なのだと思って、恥ずかしかった。

 

散々思い悩み、弱り切った私に

「お母さんの言うことを聞いていればいいのよ」

と優しく語りかけ、囲む人。

それが私の母親だった。

大切なペンダントとして、私はとても愛された。

  

「生きにくい」の理由

よく犯罪に手を染めようとした人が

「あの時、母親の顔が思い浮かんで、思いとどまった」

などと話すけど。

それとはなんと言うか、質感が全然違うと思っている。

 

子どもならみんな、母親を喜ばせようとする。

悲しい顔も見たくない。

でも「母親を悲しませないように」というような願いではなく、

私は圧倒的に「恐れ」に動かされていた。

ペンダントとして、母親のために輝いていないと

自分には価値がないと思っていた。

恐れに支配され、行動していた私は、えらく生きにくかった。

そしてたぶん、母親も

人の目を気にして

恐れしか見えない人で

ひどく生きにくかったに違いない。

 

自分で決めているようで、自分では何も決めていない。

この時に気づいた時、私は退職までしてしまった。

意気揚々と歩き出したのだが、 実はちょっと足踏みしている。

迷子だ。

私はどうやって生きていけばいいのかわからないのだ。

自分の喜びがわからない。

今までは、自分の外に正解があり、模範解答があり

それをうまく読み取れさえすれば、それなりに評価されてきた。

 

でももう外に評価を求めないと決めてしまったのだ。

何が正解で、何が不正解というものもない。

自分の「願い」に耳を傾けて、生きていく。ただそれだけ。

迷った時は、自分の中に、探しにいけばいい。それだけのことだ。

 

それだけのことだけど。

自分のことがわからなくて、簡単には、自分の中にアクセスできなかった。

深く深く潜って、半年近く、浮上できない時もあった。

 

そう思って、浮上できない自分を慰めながら

「生きる」を続けてみた。 

 

子育ては「puppet」

そんな時、子育ては「puppet」なのだ、と先輩に教えてもらった。

私は息子とともに生きていく中で、絶対に忘れないようにしようと

これは胸に留めたことである。

パペット、操り人形。

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ワードだけを断片的に聞くと、ひどく恐ろしい。

ここで怒らず、ぜひ最後まで聞いてほしいのだが、こういうことだ。

 

生まれた時の赤ちゃんはたくさんの紐に繋がっている。

紐に守られながら生きている。

その紐を少しずつ、チョキンチョキンと切っていき、

最後の紐を切った時、その人形が自分で立っていられるようにすること。

これが子育てなのだと。

 

私は紐があって守られた経験をした。

不自由だった経験をした。

紐を自分で突然切り始めてヨロヨロした経験をした。

 

遠回りしたと悔やんだ自分の人生。

足踏みして、立ち止まって、振り返って考えてみたら

過去の意味が変わってきた。

 

 

「お母さんに愛されなかった、大事にされなかった」という絶望は

「自分を愛せなかった、自分を大事にできなかった」という

自分自身の悲鳴だったのかもしれない。

 

だから母親をもう恨んでいない。

ここで母親の悪口を書こうという目的も、持っていない。

 

ただ、自分の中で封印してきた気持ちを

ここで表現したいという気持ちがある。

自分の悲鳴に、一度光を当ててみたい。

 

自分が今まで見ないようにしてきたものを

改めて見ていくのは、辛い作業ではあるけど

これは放ったらかしていた自分の片割れを癒す作業であるのかもしれない。

 

これは、脳内に張り付いている「母親の声」「母親の顔」を

もう私には必要のないものとして、手放していく作業である。

ベリべりべり。

母親ではなく、自分を信じるという決断である。

私は最後の紐を、やっと自分で切ったのだ。

 

「あ、これ前にも聞いた話だな」って思った時に、どうするのが正解か。

しつこい人が怖い。

しつこい人が怖い。

だから私は夫と義父が、怖い。

2人は同じ話を何度もするので、怖い。

夫よりも、義母よりも、もちろん実母の方が群を抜いて怖いのだが

この話をすると、しつこくなるので、今回は割愛する。

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意図がわからないと怖い。

夫と話していて「あ、これ前にも聞いた話だな」って思った時に

2度目なら黙ってそのまま聞く。

理由は、私もそういうことあるかもしれないって思うからだ。

3度同じ話が始まると「その話100回聞いたよ」と堂々と97回サバを読む。

4度目は黙って横目で睨む。

5度目は「うるさい!」と言うか(攻撃)、黙って席を立つ。(回避)

 

ただ、もっと怖かったのが「その話100回目だよ」って言った時に

「うん、知ってる。でね、、」と言われたことだ。

おい、待てや。

そんな私はお構い無し、彼は言う。

「この話何度もしてるなって思ったけど、自分が今話したいから、話してる」

 

アタシは「そんな暴力があるか?」と震えた。

 

同じ話を繰り返し聞かされるのは暴力だ、と思っているのは

世界中で私一人かもしれない。

私以外の全人類は「それはコミュニケーションだ」と言うかもしれない。

だけど、私は勇気を出して言う。

同じ話を何度も聞くのが、辛い。

 

義父は嫁の立場としてどうしたらいいかわからないので、夫よりも怖い。

ただいつか、いつか、「その話12回目ですね」とか言ってしまいそうで、

そんな自分が怖い。

 

同じ話を聞いてても「この出来事について、回想を続けているんだな」と

思うことがある。そういう時はもちろん怖くない。

見守りたいから、見守っている。

つまり、その人の意図がわかない時に、怖いんだと思う。

なぜこの話を私に何度もするんだ?

どういうメッセージや!?というパニックが起きているんだと思う。

 

逃げれないと思うと怖い。 

小さい時から、昔の話を何度も蒸し返したり

やっていないことをやるまで追いかけてきたりする大人や先生が怖かった。

これは「逃げれない」という類の怖さだ。

 

そうだ、職場でも怖い人がいた。

「あなた公明党?共産党?」と同じ質問を何度もしてくる人だ。

「どちらでもないです」と言うが、彼女は許してくれない。

とうとう、放課後の教室に呼び出されて

「あなた、本当は公明党だよね?」と壁の隅に追いやられた。

「違います」「私は何者でもないです」と泣きながら訴える私を

睨んで彼女は言うのだ。

「あなたの魂も震えてるけどね、私のたますぃも震えてるんだからね・・・」

 

確実に私の魂は震えていたと思うが、彼女は大事なところを見間違っている。

 

その後も、私が職員室で色んな先生と楽しくおしゃべりしていると

遠くでこちらを伺っている彼女は、目を見開いて何やら口をパクパクさせた。

「私はわかっているからね」

 

私が何者だろうと、彼女には関係ないし

そもそも話す筋合いもないが、

自己申告と事実が違ったのなら

それは恨まれるかもしれないとは思う。

ただ、私が何かに属しているとか、そんな事実はないのだ。

とんでもない勘違いが輪をかけて大きくなっていく

彼女の思考のしつこさから、逃げれない感じが本当に怖かった。

 

 

さて、色々な人のことを、しつこい、しつこいと言ってきたが

自分はどうか。

私はかなりしつこい。

 

例えば、お互いいい年になった同級生。

カッコつけている30代男性。

その男性と笑顔で話しながら

「小さい頃は、よくう◯こ漏らしてたのにね」とか

「粘土食べて泣いたことあったね」とか、

「高校生の時、血迷ったストーカーだったけど、もう改心したのかな?」とか

心の中で思っていたりする。

顔には出さないけど。

「素敵な彼女ができてよかったね!」とか言いながら。

 

誰もが怖い一面を持っている。

私も多分、誰かにとっては、一番怖い人。